こんにちは、ゆかりです。
今回は、私が双子を妊娠したときに経験した「双胎間輸血症候群」についてお話しします。
当時の私は、この病気のことをほとんど知らず、情報も少ない中で不安な毎日を過ごしていました。
同じように悩んでいる方に、少しでも参考になればと思い、私の体験を綴ります。
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妊娠が分かってから、順調に検診を重ねていたある日。
4回目の検診で、先生がエコーを見ながら少し驚いたように言いました。
「もう1人いるね。」
それまで単胎妊娠だと思っていたので、思わず「えっ!」と声を出してしまいました。
まさかの“双子”にびっくり。
今思えば、もう1人はお腹の隅っこに、そっと隠れていたのだと思います。
家に帰ってから、双子妊娠の本を開いては、どんなことに気を付ければいいのかを調べる日々。
その中で初めて「双胎間輸血症候群」という言葉を目にしました。
「なりたくないなぁ…」と軽い気持ちで思っていたのですが、
その後の検診で、まさか自分がその診断を受けることになるとは思いもしませんでした。
この記事では、双子妊娠がわかってから双胎間輸血症候群と診断され、
入院生活が始まるまでのことを振り返ります。
―――あの日の検診室で、先生の口から「双子ですね」と告げられた瞬間から、私の妊娠生活は大きく動き出しました。―――
突然の“双子”判明にびっくり
4回目の検診までずっと1人の子しか見たことがありませんでした。
その日のエコーの時お医者さんの突然様子が変わます。
キャスター付きの椅子に座ったまま足で床を蹴り、俊敏にスライドさせてデスクまで到達しカルテをバシバシ捌きながら何やら確認し始めたのです。
一瞬不安になりましたが、お医者さんがすぐに一言
「もう1人いるね」と。
それまでは、まさか自分が双子を妊娠しているなんて夢にも思ってなかったので喜びよりも驚きでした。
最初画面の乱れかと思いましたが、エコーの途中、突然赤ちゃんが反転して見えたのはわかりました。
その瞬間お医者さんの挙動も変わったので、それがもう1人だったのだと思います。
どうやらお腹の隅っこの方に隠れていて、それまで見えていなかったようです。
検診が終わって家族に報告すると、父親は不安そうでした。
“養う子供が一気に2人”というのがプレッシャーだったのでしょう。
私の母は、その昔自分の姉が双子で死産をしていたので、運命を感じたようで喜んでいました。
そして私は、「喜びと不安」両方でした。
不安と共に始まった双子妊娠生活
私の家系では、母方の祖母が双子を死産していました。
小さい頃からそのことを聞かされていたので、無意識に不安はあったのでしょう。
双子妊娠判明してから、双子妊娠の本を買って読んでいました。
調べるうちに「双胎間輸血症候群」という言葉が目に入りました。

双子がひとつの胎盤を共有している妊娠の約10%で起きる病気。
血流(栄養)の行き来がアンバランスになっちゃうらしいです。
症状が進むと母体にも赤ちゃんにも様々な問題が起こり、胎盤を焼き切るレーザー治療に場合もある…😱
(注:当時読んだ本にはそのような表現がされていました。この治療は胎盤そのものを大きく切開するのではなく、胎盤表面の異常な血管をレーザーで凝固・遮断する処置です。)
これにだけはなりたくない。
と思いました。
恐ろしいわ。なんて思いながらも確率見たらかなり低いし、心配はあっても心のどこかで自分は大丈夫❕と信じて過ごしていました。
でもその反面、ずっと心のどこかに不安はあったのだと思います。
体の変化と大学病院への紹介

妊娠週数が進むにつれて、体がどんどん重くなっていきました。
双子だから仕方ないと思いながらも、めまいや息苦しさ、下半身のむくみが続き、どこか「普通の妊婦さんとは違う」違和感がありました。
お腹の大きさも週数に対して明らかに早く、今思えば受胎児の羊水過多が進んでいたのだと思います。
でも当時の私は、「一気に2人の母親になるのだから、少しくらいの不調で弱音を吐いちゃいけない」と思い込んでいました。
検診の時もつい「大丈夫です」と言ってしまい、先生に不調を伝えられずに過ごしてしまいました。
あのとき、もっと素直に体の変化を話していれば…
そう思うと、今でも少し後悔が残ります。
そして妊娠5ヶ月を過ぎた頃、検診で「双子の成長に差がある」と言われ、大学病院を紹介されました。
そのとき、付き添いの予定が合わず、受診を1週間ほど先延ばしにしてしまったのです。
診察の結果は「双胎間輸血症候群」。
先生から「もっと早く来てほしかった」と言われたときは、胸が締め付けられるようでした。
あのときの判断を悔やむ気持ちは、今でも心のどこかに残っています。
妊娠中の「なんとなくおかしい」は、きっと体からの大切なサインです。
私のように我慢せず、少しでも不安を感じたら、迷わず先生に伝えてほしいーー
この経験を通して、今では心からそう思います。
そしてその場で即入院となります。
入院生活が始まって
入院が決まったその瞬間、私はすぐにお腹の張りを抑える点滴につながれ、車イスに乗せられて病室へと運ばれました。
そのスピード感に、
「そんなに危ない状態だったの…?」
と身体も気持ちも追い付かず、悲しさ、反省、これからの不安、様々な感情が押し寄せて、ぼんやりしてしまうほどでした。
点滴が始まると、副作用の頭痛、発熱、手のしびれが一気にあらわれました。
「赤ちゃん、大丈夫かな…」
不安は増えるばかりで、体力も気力も同時に削られていくような感覚でした。
止まらない検査の連続
そこからは、まさに“止まらない検査の連続”です。
・24時間つながれたままの張り止め点滴
・毎日行われるエコー検査(胎児の循環や羊水の量、心拍の確認、レーザー治療の基準を満たしていないか)
・採血による炎症反応や貧血等のチェック
・子宮頚管や張りの程度を見る内診
・NST(ノンストレステスト)←毎日
双胎間輸血症候群の進行速度は様々ですが、
「昨日まで大丈夫でも今日危険になる」
可能性があるため、医師たちは本当に細かく状態を監視してくれていました。
双胎間輸血症候群になってすぐに私が恐れていたこと
何より怖かったのは、状態が少しでも悪化すれば“レーザー治療(胎盤吻合血管の遮断)”
を受けるため、ドクターヘリで転院になるかもしれないということ。
双胎間輸血症候群の治療としては有効な方法だと理解していても、
「どうかこのまま進まないで…」
と祈り続ける日々でした。
(結果として私はレーザー治療に至らずに済みました。)
入院生活の中で、私ははっきりと気づきました。
“妊娠は病気じゃない”と言われるけど、妊婦は決して「安全が保証された状態」ではない。
特に多胎妊娠では、そのリスクが想像以上に大きい。
そしてもうひとつ強く感じたことは、
困難な状況の中でも、赤ちゃんの命を守るために全力で動いてくれた医師や看護師さんたちの存在の大きさです。
感謝してもしきれない、という言葉が心から出てきました。
予期せぬ双子妊娠。
「まさか自分がこんな状況になるとは…」という戸惑いと恐怖はずっとありましたが、
同時に、
医療の大切さ・多胎妊娠の現実・母になる覚悟
これらを深く考えるきっかけにもなりました。
この入院の日々を振り返ると、大切な学びが詰まっていたと感じています。
まとめ:多胎妊娠のリスクを忘れずに、前向きな妊娠生活を
今回の経験を通して強く感じたのは、
“妊婦は病気じゃない”という言葉は、決して「安心して大丈夫」という意味ではない。
ということです。
妊婦は、本来とても尊いことでありながら、同時に“安全が約束された状態”ではありません。
特に多胎妊娠では、リスクが高まる分、
「自分は大丈夫」ーーそう思い込んでしまうのは危険だということを痛感しました。
確率的に低いものでも、実際に起きることがあります。
だからこそ小さな身体の変化でも、
「こんなこと言っていいのかな」と遠慮せず、
医師に相談していいのだと思います。
そしてもし、妊娠中にトラブルが起きたとしても、
自分を責めたり、過度に不安になりすぎたりする必要はありません。
医療の力があり、支えてくれる人たちがいます。
何より、赤ちゃんと自分のために、
“前を向く気持ち”だけは忘れずにいてほしいと思います。
私の体験が、同じように不安を抱えている方の心に、
少しでも寄り添える材料になりますように🍀

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